治るべきときに治る。

もう一つの癌病棟

「現場にいると実感することだが、人は治るべきときには治る。治るべきときにならなければ、どうやっても治らない。治るべきでないものは、どうやっても治らないことがあるのではないだろうか。」

これどなたが考えた言葉なのか不詳なのですが、これを読んだときに「そうだよな」と共感の感情が湧いてきた言葉です。おそらく医療関係に従事している方の言だと思われますが・・・


彼女の死に至る病も、緊急入院が必要になったその持病も同じで筆者の場合は「治るべきときがきたから治った」ような気がするのです。

腹の中身がごっそり持っていかれたような空虚感とでもいうのかまったく腹の中に内蔵が無くなってしまったような感覚でした。

でも、いまは全部の内臓がしっかり元の位置に鎮座して機能していることを感じています。筆者がよく使う言葉で「病は警告!」といいますが、その警告に素直に従い質素ではあるけれど質を求めた生活を数年ジッと我慢して続けた成果かもしれませんね。

たぶん、「受け入れること」が大切なように思います。

足掻いてもがいて、抵抗し続ける。というのも手でしょうね。その人の判断です。決定するのは病人自身です。その人の命ですから最終決定はご本人にしかありません。

だいぶ昔の話、余命宣告、告知は家族に相談してからが主流でした。本人は命に関わる病気だということを知らないまま死んでいくこともままあったことですね。

いまは逆にさっさと本人に告げてしまいます。

それで良いと思います。


彼女のときに間に合わなかったこと、は後悔でありますけれども、彼女のことがあったからこそ、やっと考え至った思想なのかもしれません。

久しぶりに書きました。年変わりましたね。

本日は2019年1月8日です。