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病はあなたへの警告! だからこそ選ぶのはあなた!
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筆者《いまやもめもやまい》が探して選んでいます。
ご利用はあくまでもご自分の判断で願います。

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末期がん患者は諦めるしかないのか?

ここ数年、世間であれこれ聞こえてくる癌の話題で感じることは、

「あからさまになってきたなぁ」ということかな。

とにかくがん検診を受信して癌は初期段階で見つけて叩きましょうね!という話題だったりCMだったり?

それにもう一つ、癌ビジネス業界?医学界?かな?

それらが暗に宣言していることは、

「癌は初期段階のうちにしか治りませんよ、ステージⅠ・Ⅱだけだからとにかく早く検診を受けてくださいね」

別に医学界を揶揄しているわけではないのですよ。

人間には限界があるわけでがんに関しての人類の限界がいまそこなんでしょうね。

この辺が初めての大病に関わるときに冷静に頭の片隅においておきたいこと。

「人には限界があるんだよ」ってこと。

ある医学番組

去年だったかなあるTV番組で見ましたね。

現代医療とか病気の話を番組のしているよくある健康オタク番組でのことなんですけど(こういうブログを書いている手前ちょくちょく観ます)

ゲストのお医者さんが「治療に100%はない!」 と断言したんです。筆者も同感なわけです。

そう言えるお医者さんは優秀なお医者さんです。100%どころか数%もないのでは?人類に100%コントロールできる病ってあるのかな?

そこに反応した出演芸人さんかな?

「でもそこは、お医者さんは『100%治る』と患者に断言しなくてはいけないんじゃないですか?」のような内容の反論で食って掛かってたんですね。顔が怒ってた。すんごく怒ってた。(名前は出さないですよモアイはそういう人です。はい)

最初はね、なんて愚かな人なんだ。と思いましたよ。

しかし、よく考えてみるとね、この人、分かっていない人なのか、なにか縋っているのか、もともとが依存体質なのか、それとも実際にちょっとどっかを病んでいらっしゃるのか?身近な人かも?

と考えましてね。なんとなく注目するようになりまして、「あ~あの芸人さんだ、出てるね」と見かけてはいたんですけど、そういえば最近見なくなりましたよ。

なんでかな~?

干されちゃったの?

以前どっかで書いた覚えあるけれど関係ないよね?(そんな大層なブログじゃないだろうまだ)

だから名前出さないし、、、

あのときのあの発言はどんな理由があったんだろう? と単に野次馬的な興味かもしれないけれど関心を持ってアンテナを伸ばしているのです。

何かを抱えていらっしゃる人でいまはそれと闘っているのかなぁ?ってね。

医学の進歩待ち

末期がんへの対応は、あくまでも今の所の判断なのでしょうし、その状況を乗り越えようとする研究者も医学博士もいらっしゃることでしょう。

そのうち近所の奥様の井戸端会議で、

「あら、私、癌になっちゃったのよ。それも末期らしいわ、だから医者は1週間以内には1日入院しなさいよ。って言われてんの、面倒だわ~~」

「あれね、私もやったことあるけど、簡単よ、薬飲んで1日横になってればいいのよ、私のときはイケメンの男性看護師さんがいてね・・・あんなことやこんなことや・・・」

なんて会話が成り立つような時代が来るかもしれないですけどね。

いまはまだなんです。

私達の当時もそうだったけれど、自分の感触?察してしまったことなのだけれど、末期がんの患者さんは、、、なんていうかな?見捨てられた、というと怒られちゃうかもしれないけれど、、、

余命をね、宣告された時点でね、難しいのよやっぱりね。

「でね、検診受けてもね、初期段階、それを超えてたら諦めてくださいね」

と聞こえてしまう《いまやもめもやまい》でありますわ。

何を食っても良いの?末期がん患者

病院の食事って飽きるんですよね、それで、作って持ってきてやろうと考えて主治医に「食べさせてはいけないものはなんですか?」と訪ねたところ、

「何食べさせてもいいです。好きなものを食べさせてあげてください」

この応えよ。

キツかったなぁ、そのまま病室に戻れなかったもの、しばらく外の喫煙所でタバコ3本くらい立て続けに吸った覚えがあって、クラックラになって病室に戻った記憶があるものね。

余命宣告のときもそうだったけれど、改めて宣告されたような気持ちになりましたよ。

今だから書けるんですけどね。

匙投げられた。じゃぁどうすんの?

その意味ではですよ、お医者さんにだって限界があることを理解した上でのという意味です。

医者が匙を投げる。(この意味わからない人はこちらへ

投げられた方は、あとは自由なんですよ。本当はね。

あとどういう時間の過ごし方をしても良いのです。

だって匙を投げたということは医学からの解放と見てよいでのです。

それでも治療をしてほしいという方もいらっしゃるでしょう。と依頼して抗がん剤治療なんかを始めちゃうんですね。でも、最近は抗がん剤もだいぶ楽なってきているらしいですよ。実際使ったことがない《いまやもめもやまい》にはわからんです。

それも、

その方の決断ですし、患者ご本人が決めたこと。

癌が・・・どうのこうの事件(書いたらいかんかも)

そういえば、これもテレビからですが、(ここ2年ほどはよく見るようになりましたよ)

実際にあった事件を再現したりする番組ってありますよね。

面白いなぁと思ったんです。

ある中年の女性に癌が発見されたんです。それも末期で余命まで宣告されてしまってね。

彼女は「そうか私もあと○ヶ月か(何ヶ月か忘れた)ならばもう良い好きなように生きてやる」と決心したそうで、彼女がやったことは?

不正、犯罪、横領かな。

会社の経理を担当する立場を利用してお金を盗って、もう好きなように遊びまくったらしいです。

で覚悟の上の発覚、逮捕になったらしいんですけど、彼女はもう残りの命も少ないはず、、、恐れるものはなにもないわけで、もういつ死んでも良いってくらいな覚悟でやったことですから刑務所だって数ヶ月だけさ。

で、取り調べの時に癌を告白したんですね。

で、検察側としては調べないわけにもいけないらしく、想像ですけど法律かなんかあるのじゃないでしょうかね。健康な状態で取り調べろとかなんとか・・・

で、健康診断を受けさせたんですね。日本だったらがん検診かな。

そうしたらなんと、、、

な・な・なんと!!!

あの末期がんが消えてしまっていたんだそうです。

人間って、いや生き物って不思議ですよね。

死んだ気になって好きなことをしまくることで病気がなくなったり、もうちょっと生きようと思えば病んでしまったり・・・思うんですけど、そこにヒントがあるような気がしませんか?

人ってさ、思うんです。

あなたは「病気です」それも大病ですそのままでは死にます。

そう伝えられた時点で、死が確定してしまう人もいれば、ならば最後まで好きなように生きてやる!!って治っちゃう人もいる。

そこなんだよね。

大きな大きなヒントだなぁって思うのです。

《いまやもめもやまい》も持病持ってますからね一応2つ?

昔のと最近のと、ふたつ病。

どっちもね。古い病のほうはね医者から「君はこの薬を一生飲み続けなくてはいけなくなった」とか言われましたけど1年位は付き合いましたけど、いまはもう誰も~♪ と飲んでいないです。

新しい病の方も原因は自分で心当たりはあるわけだし、それなりの病の知識も仕入れつつ対処していくのがけっこう楽しいのです。自分の体で人体実験みたいなものだから、ゾンビにでもならない限り人様には迷惑かけないでしょうからね。

楽しんでます。

ところで事件の彼女はどうなんったんでしょうね。

刑期満了まで生きるんでしょうね。

あ、でも、がっかりして再発ってことも・・・

ま、なるようになるさ!

ではまたね。

深夜はちょっと肌寒いね。

お腹も空くし、、、でも食べないよ。

間食しないもん。

一言

筆者《いまやもめもやまい》より一言

《ステージ4の癌》

このブログが持つ大きいテーマは、末期癌を患った妻の看病についてのお話しです。
440日間、毎日病院に通い学んだ事柄の経験談と考察を、いま悪戦苦闘しているであろう、たまたまこのブログを訪れてくれた同じような境遇の人々の何かにヒントになれば幸い、くらいの気持ちで書き綴っております。

ですから、このブログでは何一つ断定はしないし排除もしません。「こうしなさい、ああしなさい」なんてとんでもないことです。

最近話題になった、あるがん患者の死から始まった騒動?から改めて主張しますが、最期の選択するのは本人であるべきです。

筆者《いまやももやまい》の考えです。

そのために、あくまでも参考程度にして読んでくださいね。

《生活習慣病》

もう一つは、先の体験とともに筆者自身が付き合うことになった病の話を、気楽に楽しみつつもちょっと真剣に病というものはどういうもなのか?ということを書き足していこう。というようなブログであります。

なんだかんだ言っても、病というのは長く付き合うことになる一種の人間の業のようなものと考え、受け止めて気楽に付き合っていきたいもですね。

我が持病、糖尿病

糖尿病改善5ミニッツ 自宅でラクにできる「青坂式」糖尿病改善プログラム

《いまやもめもやまい》持病の話

【糖尿病発病記1】

あまりの体調不良で、市立病院でしたけど妻の癌入院以来、自分の体調のための病院行きは20年ぶりでしたね。

そうしたら即入院が決まってしまいまして、なぜなら・・・血糖値450だったのです。
健常な人で140前後と言われているのに私は450って、、、あれはショックでしたわ。
生活習慣病確定で今後の生活を改善するための教育入院だったわけですけど、まぁすごいですね。
自分で血糖値を考える【糖尿病】(DVD付き)

私の症状はまるでお腹の内臓が全部どっかに持って行けれてしまったみたいで空っぽになっているような空虚感でした。
糖尿病になるといくら食べても栄養が取れない状態になるそうで、栄養士さんに教えてもらいました。要するに餓死するところだったのですね。

あのときは確かに死を予感しましてね。

だから間に合わなければ仕方がないけれど、生活習慣をガラッと変える決心をしたんです。
食事はもちろんのこと住む場所も付き合う人も変えたんです。

自分で血糖値対策を考える

生活習慣病というものは、主治医の先生に聞いたところによると、生活習慣というくらいなのだから何年もかかって病気が進んでいくそうで、先生に言ったんですよ「あ~確かに去年は不摂生な生活をしました」ってね、そしたら「いや、あなたの場合、数年前、おそらく4,5年前からです」と言われましてね。

「そっか~」とならばこの自分の病気を治すためには同じように数年掛けるつもりでなければ無理な話なのだな。と考えましね。

それが持病対策の始まりです。

ではまたね。

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