「家で死ぬ」患者本人も看取る家族も納得を探している

終える準備と思いと覚悟

昨今、家で看取る。ということが当たり前になってきて、ふと思うことがある。

彼女も家で最期を迎えたかったのだろうか?

当時は「家で・・・」ということはそんな主流ではなかったけれど、老齢化が進み、病院も足りなくなってきて、なるようになってきたのだろうと思うけれど、彼女はどうだったのだろう?と思いが飛んでしまう。

当時、そこに考えが至るのであれば可能だった。一軒家の持ち家だし私の決断次第だっただろうな。でも、考えが至らなかった。彼女も望まなかったんだよな。

だから、良いのかな?

ってな、考えちゃうんだよ。

みんなね、納得を探しているだけなんだけどね。

納得できるかどうか?

 

しかたないことなんだけどね。

もう過ぎたことだし、自分の時には考えておこう。

 

 

 

なるほどね。

最近、テレ東っていい番組を作るようになったなぁ、って感心している。

ここは、大切なことは眉に唾を付けてから読むこと!

そして他者の責任にしないこと。
でもですよ、今では少しありうるのかもしれないと思うようになりまして、ならば知るチャンスを失うべきではない!!
知ることさえも最初から否定してしまっては、あとで後悔することになるかもしれない。 そして筆者はあくまでも決めるのは患者本人だと強く確信しています。そう考えるので載せます。

 

 

 

 

終える準備と思いと覚悟
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キャンサーノート:もうひとつの闘病考