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病名を忘れてしまうくらい一緒に笑うことだよ。

《笑う》という行為はもの凄く大事なこと。

だと筆者は考えている。

病状もほんとうに好転する。

これを続けることができたなら、病は消えるのかもしれない。

そこにいたるまでに様々な障害が立ちふさがる。だから病というのだね。

なんでこんな病気に・・・

病気になってしまったことで、悔やむ、「どうして?」「どうして私ばっかり・・・?」看ている人も応えを探そうとする。「私のどこが悪かったのか・・・」「もっと・・・」と後悔する。入院中治療も自宅療養でも自問自答しつづける。

これ、良くない。

いまだから分かる。

表面は笑える。

愛想笑いもできる。

それだけだと足りないんだよ。

病を忘れてしまう瞬間をたくさんつくるのだよ。それには笑うこと笑わせること

これ、病人本人には難しいかもしれない。

看ているあなたから始めるんだね。

それこそ腹が痛くなるくらい笑い笑わせる、自分も笑う。

それまでの生活の中に笑いが少なかったなぁ、と思いつくようだったら、これからの治療、療養生活の中に笑う生活を全面採用だ。

あとになって分かったことだ。

あとになって気が付いたことだ。

人間の心は不思議だ。

楽しいこと面白いことワクワクすることドキドキすることを体験すると免疫力が増す。

本来、人間はそうやって生きていくものなんだ。

笑っていられる。幸せを実感できる。

身体にも影響が現れる。

お気に入りの水を切らしただけで体調が悪くなる。

落ち込む・・・

検査数値が悪くなる。

心と体は一緒なんだ。

繋がっているのだな。

身体は医者や看護師に診てもらう。

心はあなたが看る。(あなたしかいないのだ)

そんなつもりでいけばいい。

行けるところまで必死に歩いていけ。

病名を忘れてしまうくらい笑わせろ、幸せを感じさせてやれ。

ちなみにこういう考え方ってすっごく大事なことだと思うよ。

要は、自分の人生にとってかけがえのない人をどう支えるか? ってことなんだよ。

涙は隠せ、ピエロになれ。

看ているあなたも実感できたらいいなぁ、と思う。

ほんとうにやりきれただろうか?

なにか他の方法があったんじゃないか?

そんな疑問であったり、罪悪感だったりがいまでも心の中で渦巻いているけれど、「やれることはすべてやった」と思える? いつか疑問は少し残るのかもしれない、残ってしまうかもしれない。それでも「やれることはやった」と思えることが大事なこと。

ではまた。

【あとがき】

2017GW、来週後半からお休みです。

引越して落ち着いたら再開するよ。

一言

筆者《いまやもめもやまい》より一言

《ステージ4の癌》

このブログが持つ大きいテーマは、末期癌を患った妻の看病についてのお話しです。
440日間、毎日病院に通い学んだ事柄の経験談と考察を、いま悪戦苦闘しているであろう、たまたまこのブログを訪れてくれた同じような境遇の人々の何かにヒントになれば幸い、くらいの気持ちで書き綴っております。

ですから、このブログでは何一つ断定はしないし排除もしません。「こうしなさい、ああしなさい」なんてとんでもないことです。

最近話題になった、あるがん患者の死から始まった騒動?から改めて主張しますが、最期の選択するのは本人であるべきです。

筆者《いまやももやまい》の考えです。

そのために、あくまでも参考程度にして読んでくださいね。

《生活習慣病》

もう一つは、先の体験とともに筆者自身が付き合うことになった病の話を、気楽に楽しみつつもちょっと真剣に病というものはどういうもなのか?ということを書き足していこう。というようなブログであります。

なんだかんだ言っても、病というのは長く付き合うことになる一種の人間の業のようなものと考え、受け止めて気楽に付き合っていきたいもですね。

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