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お見舞いに来ても会いたくない人だっているんだよ

親戚だって知人だって会いたくない人もいるんだよ。

そこを分かってやらないとね。

もしかしたらいつも看ていてくれるあなたの実家の家族かもしれない。

親だったり兄弟、姉弟、兄妹かもしれない。

これあるからね。

健康だったころは我慢して機会があれば行き来して会っていたけれど、自分の身体の具合が悪いときにまで無理をしたくはない。

「ワガママだ!」で済ませてしまっては可哀そうだよ。

それに、そのストレスが体調にも影響あるからね。

そこはそれ、自分の親戚、血族?なんだから譲ってあげないとね。

お見舞いは遠慮してもらう。

わかるよ。

あなたの方の親戚だって心配してくれているのに・・・言いたいよね。

でもね、人間ってね。

外見から心は見えないんだよ。いつもの会話の中でうかがい知れないようなことだってある。

あなたのいないところで、どんな会話が交わされていたか? なんてことも分からないでしょ。

そういうことだよ。

あなたは、そこを初めて垣間見ることができたってことさ。

「どうしてだろう?」

って考えちゃうよね。

「いままでうまくやっている」と思っていたのに・・・ガッカリ感もあるよね。

その疑問への応えは夜一人になったときに自分独りで考えるしかないさ。もしくはずっと後日にね、初めてわかるかもしれないし、いつか回復したときに本人から訊いてもいいかもしれない。もしかしたら聞けないまま終わっているかもしれない。それも覚悟だよ。

きょうは、ちょっときつい話だったかな。

だからね、お見舞いにもルールが必要なことを書いたこともあったんだ。

それ、現実だから。

「まいったな・・・」と思うことなんていくらでも起こるよ。

じゃあね。

がんばりな。

一言

筆者《いまやもめもやまい》より一言

《ステージ4の癌》

このブログが持つ大きいテーマは、末期癌を患った妻の看病についてのお話しです。
440日間、毎日病院に通い学んだ事柄の経験談と考察を、いま悪戦苦闘しているであろう、たまたまこのブログを訪れてくれた同じような境遇の人々の何かにヒントになれば幸い、くらいの気持ちで書き綴っております。

ですから、このブログでは何一つ断定はしないし排除もしません。「こうしなさい、ああしなさい」なんてとんでもないことです。

最近話題になった、あるがん患者の死から始まった騒動?から改めて主張しますが、最期の選択するのは本人であるべきです。

筆者《いまやももやまい》の考えです。

そのために、あくまでも参考程度にして読んでくださいね。

《生活習慣病》

もう一つは、先の体験とともに筆者自身が付き合うことになった病の話を、気楽に楽しみつつもちょっと真剣に病というものはどういうもなのか?ということを書き足していこう。というようなブログであります。

なんだかんだ言っても、病というのは長く付き合うことになる一種の人間の業のようなものと考え、受け止めて気楽に付き合っていきたいもですね。

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